第十三章
「うう、これも駄目ね。これで武器の項目は終わなの。予想していたけどやっぱり駄目ね。なら、せめて乗り物だけでも」
輝は、必死に機械の操作をしていたが、隣の部屋では恐ろしい事になっていた。食べ物などで、部屋が埋まっていたのだった。それは、言葉の通り埋まっていた。何も知らないで操作した為に、二人前、四人前と同じ物が出れば一皿だけ食べて残し。残りは置ける場所に適当に置くのだ。それは、まだ、いい方だ。一皿でも食べるのだからましだ。酷い事になると、四人前も出て、味見だけして気に入らないと一口だけ食べて適当な所に置いて他の物を食べようとするからだ。この状況を見たら何かをしてあげたい。そんな気持ちなど吹っ飛ぶに違いない。ああっ、この状態では片付けるのに丸一日は掛かるだろう。
「これ面白い。適当に置いても落ちないね。何なのかな」
下げ膳テーブル機と言うと思うが、車輪は無く。五十センチ位の高さで浮いているのだ。鏡は、その台の上に料理が入っている皿を置き、指示を与えると他の箇所に移動する。それが面白くて遊んでいる姿を見て、天猫は無邪気に笑っていた。
「何だろうな。それに、呼ぶと来るから楽しくて止められなくてなぁ」
「鏡お兄ちゃん。それに乗っていいかな」
「壊れないか?」
「小さくなって乗るから大丈夫だよ」
「なら大丈夫だなぁ。乗ってみろ」
「うん」
「天、どうだ」
「うぉお、おっ、おっ、これ、凄いね」
天猫は飛び乗った。皿の時よりも大きく揺れた。だが、天猫は落ちる事が無かった。それは、天猫の運動神経が、いいからだろう。そう思うだろうが違った。大きく揺れた後は小刻みに揺れ、上に乗る物の事を考えているような動き方だったからだ。
「天、大きくなってみろよ。如何なるか様子が見たい」
鏡は、何か考えがあるのだろう。真剣な表情で言った。
「壊れないかな」
「大丈夫だろう。感じはどうだ。出来たら飛び上がれるか」
「鏡お兄ちゃん。何かね。自分でバランスを取っているような感じは無いよ。身体が動く前に機械が動いているみたい。飛び上がっても最適の位置に来るね。これ凄いね」
「静。お前も乗ってみろ」
「嫌よ。天ちゃんは飛べるのよ。だから出来るのよ。それに、体重も」
「なら、俺から乗るから、次は静が乗ってみろよ」
「仕方ないわね」
「これは、良いな」
鏡は、飛び乗った後は、天猫よりも興奮して遊んでいる。飛び上がるのは当然だが、ギリギリまで身体を傾ける。でも、落ちる寸前になると機械が勝手に動き直立の姿勢にさせるのだった。まるで、何かの実験か検査をしているようだ。
「まるで、子供ね」
「でも、動きが遅いな。チェ、使えないか」
「動きが遅いのは当たり前でしょう。早く動けば皿などは落ちるのよ」
「おい静。酔っているだろう。まさか酒があるのか」
「酔って無いわよ。酒なんかある訳が無いでしょう」
「それ、よこせ」
「嫌よ」
「なら、どれを押したか教えろ」
「その赤いのよ」
静の指示で、鏡は喜んで押した。だが、出るのを待つ間、静を見つめているが、本当か嘘かの疑いで無く、もし、間違っていたら奪い取る。そんな視線だった。
「おお、これか」
「同じみたいね」
「甘いが酒のようだな」
「ああ、駄目だ。これでは、出掛けるのは、明日だな」
二人は、久しぶりの酒だと喜んで酌み交わしていたが、昔の思い出を思い出すたびに、笑い、泣き、怒りと変わると、もう、何を話しているか分からない。この状態になると何を言っても無駄なのは、天猫は、長い付き合いで分かっていた。それでも、楽しく飲んでいるのは分かっていた為に、後は、酒が無くなるか、寝るまで好きにさせるしかなかった。
「天猫さん。鏡さん。静さん。来てくれませんか」
輝は、大声を上げるが、それ以上の、鏡と静の笑い声や叫び声で隣の部屋には届かなかった。何故なのかと機械操作の手を休めると、やっと気が付いたようだ。そして、恐る恐る隣の部屋を覗いた。そして、今まで始めて、いや、生涯一度の驚きを感じるのだ。
「何なの。何があったの?」
先ほどの部屋の状態より酷い事になっていた。先ほどまでは料理の原型があったが、二人は酔いで騒ぎ、皿は壊れ、料理は床や壁に散らばり。散らばった料理は血痕のように感じたはずだ。まるで、戦の跡のような状態だった。
「輝さん。酒を出すのを止められる」
「えっ」
「赤いボタンで出る。甘くて青い飲み物だよ」
「赤いボタンの出るのを止めるのね。少し待っていて」
「お願いします」
天猫に言われ、また、先ほどの機械に向かった。
「止めて来たわよ。天猫さん。何があったの?」
「二人が酔っ払って暴れた。輝さん。ごめんね」
「酔っ払ったの?」
輝には意味が分からなかった。自分も酒を飲まないし、酔った姿を見るのも初めてだったからだろう。それでも、猫が騒ぐのと同じだろうと思い。それ以上は何も言わなかった。
「そうだよ」
「猫みたいね」
「そうだね。酔った姿は人って言うよりも獣だね」
「あれ、酒が出ないわね。もう無いの?」
「静お姉ちゃん。もう、お酒は無いよ」
「そう、なら、私寝る」
「ひ、かり、さん」
「鏡お兄ちゃん。輝さんに頼んでも駄目だよ。もう酒は無いよ」
「天、違うぞ。輝さんが来たらなぁ。あの動く乗り物。もっと速度を出せるように頼んでくれないか、出来れば高度もなぁ。あれなら、空を飛べそうだ」
鏡は、夢と現実が重なっているはずだ。目の前に、輝が居ると言うのに気が付いていないのだから、もしかすると天猫が、どこに居るかも分かってないだろう。そして、全てを
話し終わると、寝てしまった。
「あのう。鏡さん。あれは、乗り物で無いのですよ」
輝は、鏡の様子を見て驚いた。目の前に居るのに自分に気が付かないのだ。初めて酔っ払いを見たのだから仕方ないだろう。それで、何かの冗談と感じて話しかけた。
「輝さん。もうこの様な状態になると、起きないからいいよ。それに、言った事も忘れているから気にしなくていいよ」
「でも、あのような物が欲しいのでしょう。乗り物としてあるのか検索してみるね。もし、無ければ改造できるか試してみるわ」
天猫に言葉を賭けると、また、先ほどの部屋に向かった。
「変な頼み事して、ごめんね」
隣室から機械の操作の音が聞えてくる。天猫には、子守り歌とでも感じたのだろうか、それとも、待ちきれなかったのだろうか、天猫も眠ってしまった。
「うわ、この種類なら沢山あるわね。引越し用、玩具と、全て見せましょう。テーブルも、私では改造は出来ないけど、規制を削除すれば、鏡さんの希望に近いかな。でも、かなり危ないわね。でも、後は、二人に確かめてもらうだけね」
今まで、都市で一人暮らしていたからだろう。隠すと言う事はした事が無い為に思案も愚痴も全てを口にしていた。
「後は、部屋を片付けるだけね。はぁ、それが一番大変そうね」
輝は、天猫達を起こさないように片づけを始めていた。皿は、動くテーブルに載せて、汚れは、機械が掃除してくれるが、仕分けと、天猫達の周りだけは自分でしないと駄目だった。もし、室内に誰も居なく、機械に任せる事が出来たら簡単だっただろう。
「あっ輝さん、済まない。仮眠のつもりだったが、可なり寝ていたようだな」
「そうね。半日は寝ていたわね。ねえ、鏡さん。出来たら片付けを手伝ってくれませんか」
輝の後ろから付いてくる。動くテーブルを見て、鏡は、驚きの声をあげた。
「おお、それは、そう使うのか」
「あっ、そうそう、言われたようにしたわよ。それと、似た物も有ったから試してみて」
「ありがとう。そう言う事なら片づけを早く終わらせないとなぁ」
「天猫さん達を起こさないで、片付けましょう」
「輝さん。声を上げて動くのは分かるのですが、どうしたら細かい移動の指示を出せる?」
「詳しい事は後で話をしますから、天猫さん達を起こさないようにしましょう」
「ふぁあ」
「よく寝たわ」
二人の会話の声で、天猫と静は目が覚めてしまったのだろう。
「はっああ。起こしてしまったわ。ごめんね」
「起きたのか、なら、部屋の片づけを手伝ってくれよ」
「鏡。起こそうとして大きな声を上げたでしょう」
「天ちゃんも、そう思うでしょう」
「うん。静お姉ちゃんの言う通り騒がしかったね」
「でしょう。でも、いいわ。私達が、散らかしたのだしね。天ちゃん。片付けましょう」
「えっ」
天猫は、驚いた。静も鏡も似た者だと気が付いたからだ。
「はい、はい」
まあ、天猫には、何も手伝う事は出来ないが、それでも、静と鏡は、皿を一枚でも運ばて、出来る限り手を抜こうとしていた。
「後は、機械でも大丈夫みたい。終わりにしましょう。見せたい物があるから廊下に出て」
廊下には、様々な物が置かれていた。鏡が興味を感じた。あの、下げ膳テーブルから子供の玩具など、元は同じ機械の改良された物が置かれていた。
「輝さん。済まない」
「気にしないで下さい。さあ、好きな物に乗って試して下さい」
「静、そうしようか」
「そうね。本当に、ありがとう。輝さん」
鏡と静は、廊下に置いてある物を玩具とでも思っているのだろうか、乗っては極限の性能を試していると思うが、まるで子供の様に興奮していた。
「どうですか、気に入った物がありましたか?」
「この馬のような乗り物は乗り安いが速度が遅いな。これでは、空を駆け回ると感じない。それに、一番の問題は動かすのに両手が必要では戦えない」
「そう、でも、制御を外せば、自分の思考だけで動くように出来るわよ」
「そうかあ、だが、この乗り物では、飛び乗る事は疲れる。他の物にする」
この乗り物は、今で言う自動二輪を馬のように飾った物と思ってくれたら分かるだろう。そして、鏡は他の物に興味を向けた。それが分かると、輝は、静に言葉を掛けた。
「これって、暴れ馬のように動くけど、何の用途の物なの」
「それは、乗り物で無いのです。荷台車なの。特に高い所に運ぶ用途の物よ。この場にある物の中では、一番頑丈で、高い所まで浮くわよ」
「でも、こんなに激しい移動では、荷物が落ちるわよ」
「試しに、制御を外してみたの。他の物も制御を外せば似たような状態になるわよ」
「そう、全て同じような状態になるのね。でも、この荷台車は駄目ね。足元に留め金があって危険だし邪魔よ。それに固定帯も邪魔。これでは、荷台の上で飛び跳ねられないわ」
静は、用意されている物を次々と乗り。二人に感じた事を伝えた。
「それか、俺も、そう感じた。やはり、移動テーブルしかないな。隅に適度の曲がりがあって足場になるし、上の面にも邪魔な物が無いからなぁ」
「そうね。私も、そう感じたわ」
静は、何どもうなずいた。
「分かりましたわ。制御を外した物を二つ用意しますね」
「済まない」
「ごめんね」
「いいのよ。気にしないで、用意が出来る間、臨時の登録証明書を作成するから、私の後を付いて来て、それがあれば、少しは扱いが楽になるわ」
「そう」
静は不審そうに視線を向けた。男性だからだろうか、鏡は好奇心で一杯と思える笑みを浮かべ、後を付いて行った。
「静さん。何も怖い事は無いわ。入り口の扉の裏に両手を付けるだけよ」
「そっそそうなの」
「そうそう、登録が終わったら用意が出来るまでお酒を飲んでいて、また、先ほどのように赤いボタンを押すと出るようにしたわ。勝利祈願として好きなだけ飲んでいいわよ」
「おう」
「うぁあ、そうなの、それを先に言ってよ」
輝は、静の不安を感じ取った。戦っている時よりも不安を感じていたのだ。それで、酒を飲んでいる時の笑顔を思い出して、勝利祈願の名目で飲んでもらい。今の不安を消そうとした。でも、一番の気持ちは、もう一度、笑顔が見たいと思ったからだ。
「鏡さん。そんなに慌てないで、「ピ」って鳴るまで手を押し付けて下さい」
「おお、終わったぞ。静、先に飲むぞ」
「いいわよ。私も直ぐに行くから」
酒が飲める気持ちだろう。先ほどの不安は全く無くなっていた。
「これで、登録が終わったわ」
「うゎあ、飲めるのね」
満面の笑みを浮かべ、静は駆け出した。
「天猫さん。行きましょうか」
「俺は、飲まないよ」
「そうでなくてね。天猫さんに手伝って欲しいの。それは、二人の為よ」
「そうかあ、いいぞ。それで何をするのだ」
「簡単よ。移動テーブルの上に乗ってもらうだけ、それで最低の設定値を決めるの」
「それが、二人の為になるか?」
「そう、天猫さんなら、空を飛べるでしょう」
「飛べるぞ」
「なら、自分の体重も変えられるわね」
「出来るぞ」
「正確で無くてもいいのよ。二人の体重に近い値でいいの」
「いいけど、静お姉ちゃんには内緒だよ」
「そう、そう言うなら内緒にするわ」
首を傾げながらつぶやいた。一人で育ったから太っているとも標準の体重など意味が分からないのだ。それで、恥ずかしいと思う気持ちも無いからだった。
「その移動テーブルに乗ればいいのか?」
「少し待っていて、他を片付けるから、そして、設定を解除して、設定値を決まるわ」
用意した、様々な物が動きだした。元にあった場所。倉庫や使用用途の場所に自動で動きだした。通路に残されたのは、移動テーブルだけだ。そして、数分が経ち、移動テーブルは床に下りた。
「乗っていいわよ」
「先に鏡お兄ちゃんの体重でいいのか」
「好きな方でいいわ。でも、私が良いと言うまで降りないでね」
天猫は、うなずくと移動テーブルに乗った。
「天猫さん。体重が変動して設定値が決められないの。体重の固定は出来ないかしら」
「少し待ってくれ」
「はい」
「この位のはずだ。輝さん、決まったからいいよ」
「はい。私が良いと言うまで降りないでね」
輝が、操作しているのだろう。大きく上がったり下がったりを繰り返していた。そして、上下運動が小刻みになり、止まると、輝が声を上げた。
「いいわよ。降りて。そして、次の移動テーブルに乗って」
先ほどと同じように天猫が乗り、同じ事を繰り返した。
「ありがとう。終わったわ」
輝の言葉と同時に、二台の移動テーブルは浮き上がり。鏡と静の膝の高さ位で止まった。
「なら、二人の様子を見て来るかな」
「天猫さん。無理はしないでね」
「俺だって、死にたくないよ」
返事を返すと、二人が居る部屋へ、歩き出した。
「天、どうした。遅かったなぁ」
「移動テーブルの設定が終わったよ」
「おお、そうか、乗ってみるか」
鏡が乗る。そう思考したからだろう。目の前まで、移動テーブルが来た。
「鏡お兄ちゃん。そんなに飲んでいたら無理だよ。危ないよ」
「おおお、来たぞ。これは凄い。天、大丈夫だ。安心しろ」
千鳥足で、鏡は移動テーブルの上に乗った。
「天猫さん。大丈夫だから心配しないで、鏡さんが酔っていても思考すれば、都市の機械が脳波で感じ取って、思った通りに移動テーブルが動くわ」
「う〜ん」
天猫は、鏡が、まるで、川の流れに流れている木の葉のような状態を見て止めようかと、思案していた。その様子を見て、輝は、天猫を安心させようとした。
「ああ、言い忘れたけど、絶対に落ちる事は無いわよ」
「何だ。それなら、心配する必要ないな」
二人と、一匹の話し声が響いた。それは、静かの所にも聞こえていた。
「うるさいわね。何を騒いでいるの?」
「あっ、静お姉ちゃん」
「うぁあ、楽しい事をしているわね。私にも乗せてよ」
鏡の時と同じように、静かの方に、移動テーブルが向かって来た。
「どうぞ、考えるだけでいいの。好きなように動くはずよ」
「そうみたいね。楽しそう」
女性と登録したからだろうか、それとも、床に着くように思考したのだろうか、静が乗り安いように床に着き、静が乗ると浮いた。
「乗り物で無いのに、二人とも上手いわ。これなら大丈夫ね」
「鏡、これ、面白いわね」
「あ、静お姉ちゃん。鏡お兄ちゃんが、乗ったまま寝ているよ」
「あら、そうね。寝ているわ。でも、本当に落ちないわね。まるで、ゆり籠だわ」
ゆり籠もある。中の機械の用途はかなりの数があるが、静が知らないだけだった。
「静お姉ちゃん。どう、扱い安いのかな」
「ふぁああ。何か眠くなってきたわね。天ちゃん。ごめんね。私も寝るねぇぇぇ」
静かは、天猫と話しをしていると言うよりも、独り言をつぶやいているように思えた。
「天猫さんも、体を休めなさい」
天猫は、断ろうとしたが、輝の有無を言わせないような視線を感じ取り、言葉を飲み込んだ。そして、その場でうずくまった。輝は、天猫に声を掛けようとしたが、静と鏡が見える所がいいのだろう。そう感じて何も言わなかった。